Tomoe Takada
日本パラリンピアンズ協会理事

5歳のときに網膜色素変性症で視力が急激に下がり、現在は明暗が分かる程度の
視力。

高校の時にケガで欠員が出たため代わりに出場したゴールボールで本番の緊張感
や、負けた時の悔しさを体感する。その後、一旦競技から離れるも 後輩との再
会をキッカケにパラリンピックという目標を持って、自分の限界にチャレンジし
ようという気持ちで練習を再開。見事北京パラリンピッ クで7位に入賞。

引退後、1年間の欧米視察を行い普及活動に専念することを決意。日本パラリン
ピアンズ協会で理事を務め「Sports for Everyone」(=誰もがスポーツを楽し
める社会)の実現に向けさまざまな活動を行なっている。